昭和43年10月10日 朝の御理解
御理解第81節
「氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。」
この御理解の御神意と、どういうところに御神意があるのかということを分からしてもらわにゃなりません。いよいよ安心のいくところまで信心を進めていかなければならんということですね。十里の坂を九里半登っても、もうあと半道だからと言うて、安心しちゃならんと、それを登って、しかも登りきって向こうに下りたらそれで安心じゃと。と言うようなことはどう言うようなことだろうかと。
十里の坂とは何を指されたものであろうかと。向こうへ下りるということは、どこまでを向こうへ下りるということになるのだろうか。私今朝の御祈念に、歌舞伎俳優にですね、「市川門之助」という人があります。市川門之助ということを頂くんですね。それで、だいたい市川とはひとつの川、天地を貫いておるものとでも申しましょうかね。その天地を貫いておるものということの中には。
天地にひとつのそういう大きなおかげの頂けれる源というのがあって、そこから地球におかげが流れておる、川の水のように流れておる。そういう例えばおかげを知るまで、そういうおかげに触れるまで、そこから私は本当に信心の、まあ門というかね、本当の信心に入ったというか、本当の信心が分かったというか、そのその門をくぐらなければね、その大きい地球のおかげの頂けれる。
ものを突き止めるというか、そこまで追求するというか、いかなければ、そこまでいかなければ安心ではない。そこまで行ったところを私は十里の坂を登りきったと言うのでなかろうかとこう思うんです。そのことを私、頂きましてから例によってから、ここで今日81節を頂いたんです。だからその市川門之助というのと、この御理解81節とがどういう係わり合いがあるかと言う事を。
まあ今思うてみますと、そんな事だとこう思う。皆さんが日々こうやっておかげを受けておるということはですね、これを本当にいわゆるおかげと言うなら、神様のおかげを頂かなければ立ち行かんのだと。神様のおかげに触れていかなければ、私共は立ち行かんというひとつの思い込み。という事と同時にそれを受けておると、そのお恵みを与えられておる、それを受けておるという実感、その実感が本当にできるまで。
これからそれをおかげを受けておるというだけではなくてね、神様のそのおかげを受けなければ立ち行かんということが分かるということがですね、十里の坂を登りきって向こうへ下りた時。下りたところに神様のおかげを頂かなければ立ち行くことではないと。それを分かっておるようであっても、そこんところに油断ができたりいたしますならそれは分かっておるとは言えない。
本当に神様のおかげを頂かなければ立ち行かん。そこで、私共はですね、十里の坂を登るための信心というのは、信心の稽古というのは、どういうことかと。私はまず、朝参りというかね、早起きというか、この早起きがね、身につくまでだと思うですね。簡単に言うと。してみると皆さん、この朝参りというのは大変な意義があることなんです。おかげを受けなければならんから、朝参りをするというのでなくて。
いわゆる十里の坂をね、一生懸命登っておる、これは修練を積んでおるのだ、若先生が親教会に修行中にある朝の御祈念を先生が務めた。そして御理解に、金光様の御信心は眠たいもんだと言うて説いたと言うて、あちらの総代さんがそのことを笑って話されたことがありますのを私が横で聞いて、はあそうだと、素晴らしいことだと。金光様の御信心はもうこれだと私は思ったことがあるんです。
金光様の御信心とは眠たいもんだと、。いわゆるその朝早起きをするということをまず積まなければね、それを修練ができなければ金光様のご信心は分からん。これがもう第一の、私はこの修練というかね、稽古の第一のもの。しかもね、早起きをするという、目が覚めたというその時に、例えばどうぞその、目が覚めたということは有り難いことなんだと。はあ、今日も生きておるんだと。
目が覚めたということは有り難い、そら理屈では確かにそうなんだけれども、その実感が頂けるということはなかなか、実を言うたら難しいことなんだ。眠たいというのが先なんだ。はあ、目が覚めた、今日も生きとる、おかげと言うてですね、それを本当におかげにとこう感じれるまでには大変な時間もいることであろうと。けれどもね、その朝早起きをする、目が覚める、その覚めるその眠たいけれどもその心がですね、もうそこから心が神に向こうておる。只、早起きだけではいけない。
明日は、例えばあの子供ん時に遠足だ旅行だという時には、早く目が覚めますね。楽しい。日頃は起こされても起きんのが、もう自分から跳ね起きて、遠足なら遠足のことを楽しく思うておるから起きるのですけれども、そういう意味での、そういう意味での、例えば今日はどこどこに行って、どういう働きをせんならんから早起きをする。その早起きでは意味がないのです。いわゆる朝参り的な目覚めでなからにゃいけんということ。言うならば、教会に心が向いておる。
神様に心が向いておると、それが目覚めでなからなければ、今日私が言う、十里の坂を登る、登っておるところの一生懸命の修行を積んでおる、修練しておるとは言えない。目が覚めたところから心はもうお広前に走っておる。教会に向かっておる。これはお参りができなくてもそうなんです。だから、お参りをしなくても、だから早起きができなきゃならん、金光様の御信心。
いや、それもですよ、最後のところにそれで安心じゃとこう仰るところを頂くためにです。いわゆる朝鮮人参である、朝のすがすがしさというかね、鮮やかな新鮮なというかね、朝の、朝早起きをするということがこんなにもすがすがしいものだと。しかもそのすがすがしい心で神様の方へ心が向いておる、人が参ると書いて、「にんじん」と書いてあるね、心が教会に向かっておる。
さあ、目が覚めた。今日はもう取り上げだから、今日は田植えだから早起きをすると、そういうものとは全然違う、もう目が覚めたそこから心が神様へ向かっておるということなんだ。その向かった心で、言わば取り上げでもよかろう、田植えでもよかろう、旅行でもよかろう。まず何と言うても、その目覚めたその時から自分の心が神様へ向かっておるということ。それがこのようにすがすがしくて、有り難いものであるということを身に付けてしまわなければいけない。
それが自分のものになっていかなければならない。信心は眠たいもんだと、金光様の御信心とは眠たいもんだと、そこが修練時代。そこが積み上げられていくところに、早起きをするということがこんなにも有り難いものだ、こんなにもすがすがしいものだと、心の上にも健康の上にも、こんなに有り難いものが頂けれる、それが楽しゅうなってくるというところにです、九里半登っても、やはりなるほどまだ油断じゃない。
十里の道を登って登りきったら、向こうへ下りたというところがです、それが有り難いものだと分かった時、金光様の信心とは眠たいもんだが、金光様の信心とは、有り難いもんだと。それもこの早起きということが有り難いということがまず身についてしまわにゃいけん。ですからこれはどうでもひとつね、金光様の信心をさして頂くならば、ここを通り抜けなければね、例えばこの81節なんかは分からない。
これは、その表面に出ておるこのお言葉だけだったら、合点のいくことばっかりですよね。なるほどそりゃ信心の道じゃなくても何でもそうだろうとこう思います。十里の道を九里半登ったからと言やぁ安心じゃない。それこそ油断大敵である、いわゆる最後の5分間といったようなことを申しますがです、その最後の5分間とか、ここで力を緩めたらまた元に戻ってしまうといったような、ひとつの世間の、まあ諺的なものになってしまう。そういう意味に頂いたんじゃこれは値打ちはないです。
十里の坂とはどういうことか、向こうへ下りて、下りたら安心じゃと仰るその安心が目当てでなからにゃいかん。それは天地の中にひとつの流れがある。人間を幸せにせずにはおかんという、お恵みのそこに川がある。そのお恵みの川の水に触れられる、それが汲み取れれる。というところを分からして頂くということが信心の門をくぐったということになる。ですからそういうことを分かっただけではなくて、自分でそれが汲み取れれるところまでいかなければならん。
それには私は何と言うても、そこの修練を積んでいくため、勿論修練を積みながらね、早歩きをさして頂いて、自分の心が神に向うていくということ、そこに教えを頂いていく、いわゆるその教えが身についてくるというか、自分の血に肉になってまいりまして、そこに有り難いおかげを、尽きぬおかげをです、頂き続けさして頂けれる。そこから私共が一歩でも退いたら、もうそれは汲み取れない。
もうだから、九里半登ったからと言うて、油断はできんと。油断のできるはずがない。ますます、それは有り難いもの、いわゆる道の奥雅へ奥雅へとこう、そこから進んでいくことができる。ここまでは、だから信心をさして頂く者はどうでも頂かなければならんということ。このことばいっちょおかげ頂くために朝参りを始めようと、なるほどそれも結構。そして、朝早起きをすることの精進がそのことによって積まれる。
朝参りとは、こげん気分のよいもんだと。ということが分かる。ころがその朝参りでもこんなに、気分がよいもんだということが分かっておっても、やはり眠たいの方が、言わば楽をしたいという心の方が強い。それでまた、元に戻って、言うなら朝寝をするようになる。まあそういうところが繰り返される。そこで、金光様の信心ちゃあ、眠たいもんだということになる。
けれどもそこんところを修練していくということがです、十里の道を、向こうへ下りきる、下りきるまでは辛抱さしてもらわにゃいけん。言うならば早起きがもう身に身についてしまうまでは修練しなければいけない。他のことはどうでもいい。だからこのことだけは金光様のご信心をさして頂いて、金光様のご信心によって、本当のおかげに触れよう頂こうとするならば、ここを積まなければできない。
朝寝しながら本当の信心に触れようなんて、それは頭で触れられても、実際に触れられるはずはない。おかげに触れられるはずはない。それが分かり、そこが体得できて初めて、登ってそこが向こうへ下りきったところなんです。そこから尽きぬおかげが頂けれる。私今朝から、「市川門之助」ということを頂いたのはそういうことだった。もうひとつ私はそれから、まあヒントを得たんですけれども。
この人はついこの頃まで(松ちょう?)という名で人気を博しておった役者です、松の(きた?)と書いてある。それを改名して門之助になった、ね。いわゆる私共、言わば合楽にご縁を頂く者のいつでも私共の心の中に頂いておらなければならんことは、いつもそのいわゆる松のおかげでということである。もうその、それはお邪魔であろう、ご迷惑であろう、おご苦労をかけることであろけれども。
やはり松の木にツタが這って登っておるように、いつも離れられないもんと。いつも私と共にあるもの。いわゆる松の信心である。そこんところを根本に、門之助に入っていかなきゃならん。そこから市川に触れていく。一つの川にお恵みのそのおかげに触れていく。そこから尽きぬおかげの頂けれるおかげ、そこまでいくためには私共はまず早起きの修練をしなければならん。そして、目が覚める。朝早く、目が覚める。
もう覚めたところから、今日はどこに行かんならんけん、早起きするといったようなものじゃなくてです、目が覚めたところから心が神様へ向うておらなければならん、もう心がお広前へ向かっておらなければならん。わが心が神に向かうということ、信心さして頂いておるから早起きするのだ。旅行せんならんから早起きするのじゃないのだ。しかもそれが、半年一年続いたからじゃない。
それが自分の身についてしまわなければならん。しかもそれがそのように早起きをするということがこんなにも、有り難いもの、すがすがしいものと分からして頂いて、それが朝鮮人参じゃないけれども、万病に効くというようにですよ、自分の心の中にそれが血に肉にならなければならん。自分と早起きというものはもう、一緒なものになってしまう。どんなにこれは年をとっても。
やはり私自身、これは年をとっていったらどういうことになるか分かりませんけれども。ここまで自分で修練し頂いてきたのであるから、恐らくこれが80になっても90になっても、この早起きだけはもうやめられんものになったのではなかろうかと自分で思うとるね。目が覚めたところから心が神様へ向かっておる。やはりそこんところの修練がなされなければ。ひとつの天地を貫くようなおかげの。
その源泉を目指していっておる、信心とは言えない。そこを受けるということが有り難い。それが子々孫々に伝えられる、私の家はもう早起きの家であるということになる。そういう意味で私共の場合、早起きの家ではなくて、遅寝の家だった。そしておかげだけは頂いてきた、何十年間という。晩に夜更かしをする、朝は起きれない。それでやはり金光様のご信者であったけれども。
これは本当に、金光様の信心の門に入っておったとは言えなかった。これは私、今にして思う、ですから、結局、それが子供にも孫にも伝わって、もう後の者にはね、早起きができさえすれば、この御信心はおかげが頂けれるということになってくる。だからね、子供やら孫やらが朝寝をしたり、早起きができんごとなったらどんなに大きなお徳を頂いてあってもそれには触れることはできない。
これだけは伝えておかなければならん。これだけはひとつ伝授しとかにゃいかん。子供にも孫にも、そして早起きの言わば習慣というものをつけておかにゃいかん。そして、目が覚めたら神様へと心が向く、そこだけは教えておかなければならん。そうせにゃ、言わば祝いめでたいといったようなおかげになっていかない。それにはまず、私共がそれをそうだと分かるところまで頂いておかなきゃならん。
夕べの御理解じゃないけども、合楽にご縁を頂いておる者はまず無精者が多かっち。仕事は少しばっかりしてからおかげだけはよけい頂きたいと言うのが多い。特に多い。それはもう洗ってみれば誰だって、それはね、楽をしたいという気持ちがない者はなかろうとこう思う。そういうところから入信のおかげを頂く。
一日も早う楽になりたい。楽をしたい。そこでその、例えばまあだんだん厳しゅう教えられて、楽はせんぞという気になれ、楽はさせて頂くものぞとこういうような教えが生きてくるわけなんです。もう楽はせんと思う。そして、楽はさして頂くのだ。金光様の信心をすりゃあ楽はできんというのじゃない。もうさせて頂く楽であってこそ素晴らしい。2、3日前でした。
昨日、一昨日でしたか、もう思いもかけない、ちょっとお客さんがあっとりましたから朝からあちらへ下がっておりました。したら秋永先生とこの奥さんが先生、今、博多に市川門之助一行が来ておる。その切符を2枚頂いてございます。だからおいでられませんかとこう。車はもう、どこどこの車を言うてある。家内と2人でおかげ頂いたんですけども、とても今日はお芝居へ行こうと思うてもおらない。
けれどもやはり私の好きなことは神様が御承知ね。しょうと思わんでも楽をさせようとするその働きがある。それに便乗するだけである。終日、まあ楽をさせて頂いて帰ったんですけれどもです、金光様の信心しよりゃ芝居も見られんといったようなこっちゃあない。けども自分が見たい見たいという気持ちを捨てろということなんです。まあそういうことも今日の市川門之助に関連があるかもしれない。
ですから金光様の御信心をさして頂く、いや合楽に御神縁を頂く人達はです、楽をしたいからこそお参りをしよう、おかげを頂きたいからこそお参りを、そういう楽のもう一つ向こうにある楽を一つ頂かにゃいけん。本当の楽なんです。それはお願いをする。楽になる。それはあなたが楽になるだけでしょうが。けれどもそのまあ一つ向こうにある楽を頂いてこそ、初めて合楽になるのです。
言うなら神様もおかげ頂いて下さり、神様も喜んで下さり、私共も喜べる。私がいよいよ本当の楽になる、いわゆる極楽である。私が本当に楽になることによって、家内が楽になる、親が楽になる子供が楽になる。私の周囲の誰彼が楽になる。楽を見ることができる。そこに。それが合楽。ただ、自分の願いがひとつ成就したということだけで、自分が楽になるというのじゃない。病気が治れば治るほど楽になる。
けどもそれはただ、ただの楽である、合楽ではない。それにはですね、やはりそれこそこれが地獄の真ん中であろうかというように地獄の釜の中にあるような苦しい中に、それを地団駄踏むようにして一心にお縋りさしてもらう。いわゆる修練を積ましてもらう。朝早起きをするということが、言わば楽しゅうなってくるというような信心ができてくるところから、その地獄の釜の底が踏み抜かれるようなところから、その向こうに本当の楽があると。いわゆる極楽は地獄の底の向こうにあるのだと。
その楽こそが真実の楽である、合楽である。そういう楽を願っての信心に、まあ夕べそういうような御理解を頂いたんですけれどもね、やはり十里の坂を登る間に、そういうところを私は体験さしてもらっていかなければいけない。今日は何というても私は、この早起きの徳ということで、早起きのこの修練。しかも目が覚めたということから、もうそこに心が神様へ向こうておる。
眠たい、目をこすりこすりながらでも心は神様へ向かっておる。これが信心なんだ。これが金光様の、御信心なんだと分からして頂いて、それを修練を積んでいくうちにです、目覚ましが有り難いものになってくる。有り難く神様に心が向かうことができるようになる。そこからです、神様のおかげを頂かなければ、立ち行かんのだということを、真実分からして頂く。
そういう信心を積んで、それが分からして頂いたものであって、本当なもの。それが私は向こうへ十里の坂を登って向こうへ下りたとはそういうことだと。もうこれから後へ一歩だってひざられない。前には進んでも後ろにはひざられない。ひざられたらそこにある水が汲めない。そこに有り難いものが感じられる、分からしてもらえれる、信心を願うて下さってのこれは御理解だと私は思うのです。
只この表面に出ておりますだけなら、これは普通の諺にもある様な事にしかならない。そんなもんじゃない。十里の坂とはどういう意味か九里半とはまた向こうへ下りたら安心と最後に言うておられる、その向こうへ下りたら安心と言う様な下り方というのはどういう事か。成程是ならば安心であろうとやっぱ思いますですね。朝早起きが身についてしもうて、そこから心が神様へ向こうて、そこまでには様々な修練。
言わば本当に苦しいと言う様な中にあってもです、その苦しい中に楽を感じる。いわゆる本当の楽がだんだん分かってくる。ためにはまず自らがです、楽はせんぞというくらいな気持ちにならせてもろうて、そしてさして頂く楽であってこそ本当の極楽。その楽ならば神様も喜んで下さる、自分の周囲もみんな楽になっていけれるおかげ、いわゆる合楽のおかげ。合楽のおかげを目指さして頂く意味合いにおいても、この御理解をひとつ、自分のものにしていかなければならんと思うですね。
どうぞ。